東京地方裁判所 昭和55年(ワ)2635号 判決 1986年5月26日
原告 新興産業株式会社
右代表者代表取締役 木本新吉
右訴訟代理人弁護士 宮田勝吉
同 宮田静江
被告 株式会社ニットプランケインズ
右代表者代表取締役 中嶋隆吉
<ほか一名>
右二名訴訟代理人弁護士 青木孝
被告 川上貫之
右訴訟代理人弁護士 水谷勝人
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一億五一一七万二三五八円及びこれに対する昭和五一年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告株式会社ニットプランケインズは、原告に対し、金七八五万八六二五円及びこれに対する昭和五五年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告株式会社ニットプランケインズ及び同中嶋隆吉は、原告に対し、各自金二二三九万〇七五七円及びこれに対する昭和五一年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
五 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告ら)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
(一) 原告は、原糸、繊維品の販売を主たる目的とする会社である。
(二) 被告株式会社ニットプランケインズ(以下「被告会社」という。)は、昭和五〇年一〇月、被告中嶋隆吉(以下「被告中嶋」という。)が設立した繊維製品の企画、製造、販売を目的とする資本金六〇〇万円の会社であり、原告から委託を受け、ニット製品の製造加工及び仲介販売等を営んでいたものである。
(三) 被告中嶋は、被告会社の代表取締役であり、廣田重(以下「廣田」という。)は、被告会社の総務及び経理担当の従業員であったものである(以下「被告会社及び被告中嶋」を総称して「被告会社ら」ということがある。)。
(四) 被告川上貫之(以下「被告川上」という。)は原告の東京支店(東京都中央区日本橋堀留町二丁目三番三号堀留ビル内)の織物部紳士衣料課主任であったものである。
2 (詐欺事件)
(一) 被告川上は、かねてから原告の東京支店長喜多惇一(以下「喜多支店長」という。)に恨みを抱き、被告中嶋をして、原告東京支店ニット部ニット衣料課の管理する原告所有の商品を同課に無断で処分させ、原告に多額の損害を与えて喜多支店長にその責任を負わせ、同支店長を失脚させようと企て、昭和五一年七月下旬ころから、数回にわたり、東京都中央区築地二丁目一一番五号割烹「不知火」及び他の東京都内飲食店において、被告中嶋に対し、「喜多支店長の営業方針はでたらめで、支店長は自分の失敗を部下に押しつける人だ。被告中嶋のところでトラブルを起こせば、支店長が失脚するのは間違いないから、原告東京支店に穴を開けてくれ。喜多支店長が失脚したら、被告中嶋や被告会社の従業員のめんどうを見る。」などと申し向け、被告中嶋をして、福島県喜多方市中町二八九五番地所在株式会社三国莫大小(以下「三国メリヤス」という。)の倉庫に保管してあった原告所有のニット製品を原告の承諾を得ているもののように装い、三国メリヤスの倉庫から不正に出荷させてこれを騙取することを決意せしめ、よって、被告中嶋において廣田と共謀のうえ、後記2(二)のとおり、原告所有のニット製品を騙取するに至らしめた。
(二) 原告は、東洋運輸倉庫株式会社(以下「東洋運輸」という。)にニット製品の保管及び出荷等を請負わせ、同社はこれを三国メリヤスに下請させ、右東洋運輸、三国メリヤスでは、原告の文書又は口頭による出荷指示に基づいてニット製品を出荷していたものであるところ、前記2(二)の被告川上の教唆により、被告中嶋及び廣田は共謀のうえ、原告の正規な出荷指示があり、若しくはその承諾を得ているもののように装って、三国メリヤスの倉庫に保管中のニット製品を他に出荷させて騙取しようと企て、別表(一)のとおり、昭和五一年九月二〇日から同月二四日にかけて、三国メリヤスにおいて廣田が三国メリヤスの出荷担当従業員小池慶治(以下「小池」という。)に対し、真実は原告からの出荷指示がなく、原告の事前の承諾もないのに、これがあるもののように装い、別表(一)記載の各出荷先に、別表(一)記載各数量欄記載の枚数のニット製品の出荷を指示し、同人をしてその旨誤信させ、右三国メリヤス倉庫から別表(一)記載の各出荷先に、それぞれ出荷させ、もって、別表(一)数量欄記載のニット製品合計六万六四一九枚を騙取し、原告に対し、合計金一億五一一七万二三五八円の右ニット製品の原価相当の損害を与えた。
(三) 被告中嶋の前記2(二)記載の行為は、被告会社の代表取締役として、その職務を行うにつきなされたものである。
3 (契約解除に基づく損害賠償請求)
(一) 原告は被告会社に対し、原糸を提供して紳士用セーターを製作することを委託し(以下「本件委託加工契約」という。)、別表(二)品名欄記載の原糸を、同表交付日欄記載の日に、同表交付量欄記載のとおり交付した。
(二) 昭和五一年一〇月初めころ、被告会社による詐欺事件が発覚し、原告としては、被告会社に原糸の委託加工をさせておくことができなくなった。そこで原告は被告会社に対し、同月一〇日ころ、本件委託加工契約の解除の意思表示をした。
(三) 原告が被告会社に交付した別表(二)記載の原糸のうち、解除の意思表示をした同月一〇日ころまでにすでに加工ずみであったのは、同表加工量欄記載のとおりであり、被告会社は右解除の結果同表残量欄記載の量の原糸の返還義務を負うことになったものであるが、その後被告会社の倒産による混乱などにより右返還義務は履行不能となり、そのため原告は同表原価欄記載の額(仕入値)に相当する損害(合計金七八五万八六二五円)を被った。
4 (横領事件)
原告は、被告会社に別表(三)寄託日欄記載の日に、原告所有の同表品名欄記載の繊維品を寄託し、被告会社がこれを本社あるいは八王子倉庫(八王子市宇津木町八四八高木伊三雄方)に預かり保管中のところ、被告中嶋は被告会社代表取締役としてその職務を行うにつき、廣田と共謀のうえ、右繊維品を壇に処分して横領することを企て、別表(三)横領日欄記載の日に、同表記載の品名、数量(枚)の繊維品を、同表処分先欄記載の会社に売却して横領し、その結果原告はその所有権を失い、同表原価欄記載の額(仕入値)に相当する損害(合計金二二三九万〇七五七円)を被った。
5 よって原告は被告らに対し、不法行為(請求原因2)による損害賠償請求権に基づき連帯して、金一億五一一七万二三五八円及びこれに対する右不法行為後である昭和五一年九月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告会社に対し、原糸の返還に代る損害賠償請求権(請求原因3)に基づき金七八五万八六二五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年三月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告会社及び同中嶋に対し、不法行為(請求原因4)による損害賠償請求権に基づき連帯して、金二二三九万〇七五七円並びにこれに対する右各不法行為後である昭和五一年一〇月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払うよう求める。
二 請求原因に対する認否
(被告会社ら)
1 請求原因1のうち、(一)の事実は不知。同1(二)、(三)の事実は認める。同1(四)の事実は不知。
2 同2(一)ないし(三)の事実は否認する。
三国メリヤスからの商品の大量出荷は、原告会社の従業員である安田卓司(以下「安田」という。)の被告会社に対する随時出荷してもよい旨の包括的な指示に基づき、従来と同様に出荷したものであって、不法行為を構成するものではない。
3(一) 同3(一)の事実は否認する。
(二) 同3(二)(三)の事実は争う。
4 同4の事実は否認する。
(被告川上)
5 請求原因1(一)ないし(四)の事実は認める。
6(一) 同2(一)の事実は否認する。
(二) 同2(二)のうち、被告川上が原告主張のような教唆をしたことを否認し、その余の事実は不知。
(三) 同2(三)の事実は不知。
なお、被告会社による三国メリヤスからの出荷は、原告会社の安田の被告会社に対する随時出荷してもよい旨の包括的な指示に基づき、従来と同様に出荷したもので、不法行為を構成するものではない。
三 抗弁
1 原告は本件各不法行為(請求原因2(二)及び同4)の損害の発生及び加害者を昭和五一年一〇月一日に知った。
2 原告が本件各不法行為を知った日から本訴提起までに三年が経過した。
3 よって被告会社らは、本件訴訟において、右消滅時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
抗弁1のうち請求原因2(二)の不法行為につき、損害の発生及び加害者を知ったのが昭和五一年一〇月一日であることは認め、その余の事実は否認する。
なお、請求原因4の不法行為につき、損害の発生及び加害者を知ったのは昭和五一年一〇月五日から同月一〇日ころまでの間である。
五 再抗弁
1(一) 原告は、被告会社及び同中嶋に対し、遅くとも昭和五四年一〇月一日までに本件各不法行為(請求原因2(二)及び同4)につき、損害賠償金を支払うよう催告した。
なお、右同日までに催告したとする根拠は次のとおりである。すなわち、原告は昭和五四年九月一九日に内容証明郵便をもって本件各不法行為(請求原因2(二)及び同4)につき損害賠償金を支払うよう被告会社及び同中嶋に催告し、右各内容証明郵便は、郵便局員が被告中嶋方に同月二〇日持参したものの、同被告が不在のため、右郵便局員は不在通知を同被告方に投入し、右被告両名にその受取りを促したが、被告両名が内容証明郵便を受領しないまま、その留置期間を徒過したため、同年一〇月三日、原告に返戻されたものである。このような場合、原告の催告は遅くとも同年一〇月一日までに右被告らに到達したものというべきである。
(二) 原告は、前記1(一)の催告後、請求原因2(二)の不法行為につき昭和五五年三月一三日、同4の不法行為につき同月一七日、それぞれ本訴を提起した。
2 被告会社らは、前記1(一)記載のとおり昭和五四年九月一九日付け内容証明郵便を受領しなかったもので、その不受領は受領拒否と同視できるものであり、このような事情がある場合に、被告会社らが消滅時効の援用をすることは権利の濫用であって許されない。
六 再抗弁に対する認否
1(一) 再抗弁1(一)の事実は否認し、主張は争う。
(二) 同1(二)の事実は認める。
2 同2の事実及び主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1のうち、(二)、(三)の事実は当事者間に争いがなく、(一)、(四)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができる。
二 詐欺による損害賠償請求(請求原因2)について
1 右認定事実及び当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(一) 原告(東京支店)は、被告会社との間で昭和五〇年ころから繊維製品の売買、委託加工、仲立販売等の取引を開始していたが、原告(東京支店ニット衣料課)では、昭和五一年一月ころ、被告会社との間で同年秋・冬物セーターの生産、販売について、次のとおりの契約(以下「基本契約」ということがある。)を締結した。
(1) 約一五万枚、総額金三億円位を目標にして、原告がセーターの生産を、被告会社がその販売(仲立販売)を担当する。
(2) 被告会社が仲立販売をするに当たっては、販売先が原告と取引のある場合には、原告の既に設定してある取引限度額(与信枠)内で取引し、新規の買主である場合には、被告会社の申請により原告が取引の可否を決定のうえ、取引限度額を設定したものについて、被告会社がその枠内で契約する。
(3) 被告会社は仲立販売に当たり、原価(仕入値)にその二八パーセント以上を上乗せした価格で販売しなければならず、それ以下の価格で販売する場合は原告の了承を得るものとする。
代金は、原告が回収し、上乗せ分のうち原価の八パーセントは原告が、残余は被告会社が取得することとするが、販売経費は被告会社の負担とする。
(二) 被告会社は、右契約に基づき、昭和五一年二月、セーターの展示会を開催し、受注の見込みを得たので、原告はセーターの生産を原告の資金で加工業者に発注し(うち四分の一位は被告会社に発注した。)、同年五月ころから製品を東洋運輸に搬入して保管させた。
(三) 被告会社が買手を見つけ、原告との間で売買契約が成立すると、被告会社は買主の注文に応じて品番、色、数量、納期等を記載し、一連番号(オーダーナンバー)を付した出荷指示書(作業用)を作成して原告及び東洋運輸に送付した。東洋運輸では右指示書に基づいて出荷準備を整え、原告からオーダーナンバーに基づく出荷指示が電話であったときに出荷していた。
(四) その後、東洋運輸では、右出荷作業が繁雑で、人手もかかるため、昭和五一年六月からは、これを三国メリヤスに下請けさせることにして、原告の了承を得た。
出荷の作業手順は従前と同様であったが、同年七月ころから被告会社の山口光男(原告からの出向社員、以下「山口」という。)と岩佐修(以下「岩佐」という。)が、一週間に三、四日は三国メリヤスに赴いて出荷準備作業を手伝うようになり、山口又は岩佐が出荷指示書(作業用)を作成し、原告及び東洋運輸に送付するほか、三国メリヤスにも直接交付することとし、別に電話で出荷指示が原告から東洋運輸経由で三国メリヤスに伝達された。
三国メリヤスでは従業員の小池が出荷担当者であったが、同年八月までは、何らの事故もなく、順調に出荷が進み、小池は、原告会社と被告会社の関係に特に深い考慮を払わず、セーターの出荷に関し山口及び岩佐を信頼し、その指示に従って出荷していた。
(五) 原告の東京支店紳士衣料課に勤務していた被告川上は、担当の取引先(エフアンドアイ)に昭和五〇年一二月末ころまでに約金九〇〇〇万円の未収金が生じたため、喜多支店長から厳しい叱責を受けて、同支店長に恨みを抱き、また、自分に好意的であった右支店の織物部長が喜多支店長に冷遇されて降格になったため、自分自身の現在及び将来の地位にも不安をもつようになった。
そこで被告川上は、喜多支店長の失脚を図るため、原告の東京支店に大きな損失を出そうと考え、昭和五一年七月下旬ころから数回にわたり東京都中央区築地二丁目一一番五号割烹「不知火」、その他都内のクラブ、バー等の飲食店で、被告中嶋に対し、「喜多支店長の営業方針はでたらめで、社員は支店長についていかない。支店長は自分の失敗をみんなに押しつけている。お前のところでトラブルを起こせば喜多支店長が失脚するのは間違いないから、俺に協力してくれ。お前の指示で商品を売却できるか。商品を売却して原告に穴をあけてくれ。支店長が失脚したら、一億五〇〇〇万円位までなら商品代は柵上げできるし、お前やお前の従業員の面倒はみる。」などといって、原告の商品を原告の指示があるように装って三国メリヤスから出荷して売却する話を持ちかけて教唆した。
(六) 被告川上から右の話を持ちかけられた当時、被告会社の資金繰りが苦しく、また、喜多支店長から被告会社の経営に不安を抱かれ、原告から見放されて倒産するのではないかとの噂もきいていたため、被告中嶋は、被告川上の話に同調し、右教唆に基づき三国メリヤスから商品を大量に出荷して、その売却代金を被告会社の資金繰りに当てることを決意した。
被告中嶋は、同年八月ころ、これを廣田に打ち明けて協力を依頼したところ、廣田は、被告中嶋に協力することを約束し、そのころ被告中嶋と廣田の間に共謀が成立した。
その後廣田は、岩佐に対し、三国メリヤスから商品が大量に出荷されることがあると伝え、また、被告中嶋も岩佐に同趣旨の話をした。
(七) 被告中嶋は、三国メリヤスからの大量出荷を決意した後、商品の売却先を深し、昭和五一年九月中旬ころまでには、株式会社ライフ、株式会社鷹商、森本商事こと森本辰三に、いずれも原価の半値以下の価格で商品を売り渡す旨の契約を締結した。
右株式会社鷹商及び森本商事は、原告との取引が全くない買主であるにもかかわらず、被告中嶋は、そのことを原告に報告せず、また、株式会社ライフは、従来から原告と取引があったものの、その当時、原告の設定した取引限度額を超えて取引していた状況であってそれ以上に取引をすることができないものであった。そのため、株式会社ライフに対する出荷については、同社宛とせず、若竹シャツ、アドオン及び伊東商店を送付先に装うことにしたが、それらも原告とは取引のない相手であった。
(八) ところで被告中嶋は、大量出荷を原告に秘して行わなければならなかったが、原告からの出向社員である山口が三国メリヤスにいては、計画を実行できないものと判断し、昭和五一年九月二〇日から二二日までは山形方面へ、同月二四、二五日は新潟方面へそれぞれ山口を出張させ、三国メリヤスには岩佐、廣田ほか数名の被告会社の従業員を赴かせることにした。
(九) 被告中嶋は、同月二〇日、三国メリヤスに赴いていた岩佐に対し、原告の承諾があるもののように装って、今堀(鷹商)、アドオンへの商品の出荷を指示し、これを受けた岩佐は、小池に対し、「出荷指示書が間に合わない。後で出荷指示書を渡す。」と述べて、被告中嶋からの指示を伝えた。前記のとおり、岩佐を信頼していた小池は、当然に原告の承諾の下に岩佐が出荷指示を伝えてきたものと誤信し、その指示に従って出荷を開始した。
翌二一日には、廣田も三国メリヤスに到着し、被告中嶋から渡された出荷先のメモに基づき、岩佐を介して小池に対し、伊東商店への出荷を指示するとともに自らも出荷作業を手伝った。
同月二二日には、鷹商への出荷を、前同様に指示した。
同月二三日には、被告会社と株式会社岩井との売買契約が成立し、被告中嶋から廣田に対しその旨連絡が入り、同月二四日ころ、前同様に株式会社岩井への出荷を指示し、あわせて、若竹シャツ、森本商事への出荷も指示した。そして同月二七日までには、被告中嶋から指示のあったすべての出荷を完了した。
(一〇) このようにして、被告中嶋は、別表(一)出荷指図日記載の日に、情を知らない岩佐を介して小池に対し、同表出荷先欄記載の場所への出荷を原告の承諾あるもののように装って指示し、その旨誤信した小池をして、同表出荷日欄記載の日に、出荷先欄記載の場所へ、出荷数欄記載の枚数のセーターを出荷させ、これらを騙取した。
(一一) 被告中嶋の騙取したセーターの原価は、別表(一)原価欄記載のとおり合計金一億五一一七万二三五八円であり、株式会社ライフに対する出荷分の原価合計は金七九〇五万八五四〇円、同じく株式会社鷹商に対する分は合計金二四二四万四三二四円、森本商事に対する分は合計金五九九万八三〇五円、株式会社岩井に対する分は合計金四一八七万一一八九円であるが、被告中嶋はこれらを株式会社ライフに対しては約金三六〇〇万円で、株式会社鷹商には約金二五〇〇万円で、森本商事には約金三〇〇万円で、株式会社岩井には約金二二〇〇万円で売りさばいていた(ただし株式会社ライフ、株式会社鷹商には、前記認定以外にも商品を送付しているから、右の各金額はこれらの代金額を含めたものであって前記認定の騙取分のみの売却代金額ではない。)。
2 ところで被告らは、三国メリヤスからの商品の大量出荷は、原告会社の安田の被告会社に対する随時出荷してもよい旨の包括的な指示に基づき、従来と同様に出荷したものである旨主張し、《証拠省略》中には、被告中嶋が出荷権限を有し、その出荷指示後に、出荷指示書が出荷報告を兼ねて原告へ送付されていた旨、あるいは、安田から、三国メリヤスの在庫量が多いので、決算期である昭和五一年九月末までに出荷するように指示されていたし、ある程度の欠損は構わないとも言われており、本件の大量出荷は右の安田の言に従ってなしたものである旨の部分があり、また《証拠省略》中には、岩佐は従来から被告中嶋からの出荷指示に基づいて、三国メリヤスから商品を出荷していた旨の部分がある。
しかしながら、前記認定のとおり、本件で出荷されたセーターは、原告が資金を出して加工業者に生産させたもので、原告の所有に属すること、原告と東洋運輸との間の「運送保管に関する基本契約書」及びそれに付属する「電話による出庫指図書に関する特約書」によると、出荷は、文書又は原告の特定の職員から東洋運輸の特定の職員に対する電話による出荷指図に基づくこととされていることが認められること、被告中嶋に出荷を決定する権限があるとすれば、三国メリヤスに原告からの出向社員である山口が駐在していたとしても、何ら差支えないにもかかわらず、被告中嶋は本件大量出荷に際し、山口をわざわざ出張させて、同人に気づかれないように画策したうえ大量出荷を敢行しているのであって、この点からすると、被告中嶋が原告の承諾なくして出荷を決定する権限のないことを認識していたものと推認されること、本件商品の出荷先は、従来原告と取引もなくその与信力が不明であるか、又は取引はあっても与信の限度枠を超えているのであるから、前記認定の原告と被告会社との間の基本契約によれば、到底、原告の個別の承諾なしに出荷しうる相手ではなく、被告中嶋としては少なくとも、事前に原告に説明すべきものであるにもかかわらず、それすらもしていないこと、売買価格についても原価を割って出荷されており、原告が包括的にそれを承諾していたとは到底認められないこと、などの諸事情に加え、被告中嶋が、本件大量出荷後、原告の幹部職員から大量出荷について追及された際、被告ら主張のような弁解をしていなかったこと(右のような申し開きをしていないことは同被告において自認している。なお、安田の原告における立場を考えてあえてそのような弁解をしなかった旨の被告中嶋の供述記載は、到底措信できない。)などその後の事情をも勘案すると、前記各供述記載はいずれもにわかに措信できない。
そして他に被告ら主張の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって被告らの主張は理由がないものというべきである。
3 以上によれば、被告中嶋及び被告川上は原告に対し、共同不法行為による損害賠償責任があるものというべきであり、被告中嶋の行為は、被告会社の業務の執行として行われたことは、前記認定の被告会社の業務内容及び行為の性質上明らかであるから、被告中嶋の不法行為については被告会社もその損害賠償責任を負うべきである。
そして、右不法行為により原告は、別表(一)記載のセーター合計六万六四一九枚につき、前記認定のとおり原価相当額金一億五一一七万二三五八円の損害を被ったものというべきであるから、被告らは原告に対し、右損害を連帯して賠償すべき義務がある。
(なお、《証拠省略》には、本件の大量出荷当時(昭和五一年九月)、繊維製品業界の市況が悪く、本件セーターはいずれも原価で売ることはできず、被告中嶋が株式会社ライフ等に売りさばいた原価以下の価格が右当時の正当な価格である旨の被告中嶋の供述記載があるが、《証拠省略》によると、三国メリヤスから出荷した本件セーターは一部を除いてすべて原価を上回る価格で最終買受商人に売られていること、右本件セーターと同種類のセーターが本件大量出荷とほぼ同時期に原価以上で原告から出荷されていることが認められ、右事実と対比して前記被告中嶋の供述記載は措信することができない。)
三 契約解除に基づく損害賠償請求(請求原因3)について
《証拠省略》を総合すれば、請求原因3(一)ないし(三)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、被告会社は原告に対し契約解除による原状回復義務としての原糸の返還義務の履行不能に基づく損害賠償請求権に基づき、合計金七八五万八六二五円の支払義務があるものというべきである。
四 横領による損害賠償請求(請求原因4)について
前記一の当事者間に争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、請求原因4の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない(なお、処分先不明のセーター三〇九枚については、証人安田卓司の証言によると、紳士用が一枚金二四三二円、婦人用が一枚二三八二円というのであって(その合計金額は金七五万一〇三八円となる)、原告主張の原価を下らないものと認められる。)。
右事実によれば、被告会社及び被告中嶋は連帯して原告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき合計金二二三九万〇七五七円の支払義務があるものというべきである。
五 被告会社らの抗弁について
原告が請求原因2(二)の不法行為(詐欺)の損害の発生及び加害者を昭和五一年一〇月一日に知ったことは原告と被告会社らとの間で争いがないが、同4の不法行為(横領)については、原告が右同日に損害の発生及び加害者を知ったことは、これを認めるに足りる証拠はない。
しかしながら、《証拠省略》によれば、遅くとも同月一〇日までには、原告は右横領事件につき損害の発生及び加害者を知ったものと認められ、右認定に反する証拠はない。
そして、原告が右各不法行為の損害の発生及び加害者を知った日から本訴提起までに三年が経過したことは明らかである。
六 再抗弁について
原告は、本件各不法行為の消滅時効は、遅くとも昭和五四年一〇月一日までに中断していると主張するので検討する。
1 《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
原告は、昭和五四年九月一九日、被告中嶋及び被告会社(被告中嶋の自宅宛)に対し、本件各不法行為(詐欺、横領)につき、損害賠償金を支払うよう催告する旨の内容証明郵便を新橋郵便局に差し出した。
翌二〇日、埼玉県川口郵便局の局員が、本人兼被告会社代表者である被告中嶋方(埼玉県川口市栄町一丁目一九番一五号公団栄町アパート七二四号)に、右内容証明郵便を持参し、これを配達しようとしたが、被告中嶋が不在で、これを受領させることができなかったため、不在配達通知書を被告中嶋方に差し置き、右内容証明郵便を一〇日以内に、川口郵便局に出頭して受領するよう催告した。しかし被告中嶋は、右内容証明郵便を期間内に受領しなかったため、同年一〇月三日、内容証明郵便は、原告に返戻された。
2 ところで催告は、債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知であって、これが債務者に到達することにより効力を生ずるものであることはいうまでもない。本件においては、右認定のとおり、原告の催告の趣旨を記載した昭和五四年九月一九日付け内容証明郵便が、被告中嶋の不在のため同被告により受領されず原告に返戻されたものであって、被告会社及び被告中嶋にこれが到達したものとはいい得ない。
しかしながら、消滅時効の制度の趣旨は、法律関係の安定のため、あるいは時の経過に伴う証拠の散逸等による立証の困難を救うために、権利の不行使という事実状態と一定の期間の継続とを要件として権利を消滅させるとするものであり、また権利の上に眠っている者は保護に値しないとして保護しないとすることにあるとされているが、催告を時効中断の事由とした理由は、催告により権利者の権利主張がされ、時効の基礎たる事実状態が破られるとともに、催告をした権利者はもはや権利の上に眠れるものとはいえないからにほかならないものと解される。
右のような時効制度の趣旨を前提として考えると、本件にあっては、原告は、催告の趣旨を記載した内容証明郵便を郵便局に差し出すことによって、既に自己のなし得る限りのことをなしたもので権利の上に眠っているとはいえないし、右の内容証明郵便が不在のため被告会社らに到達しなかったとはいうものの、郵便局員が不在配達通知書を被告中嶋方に差し置き、右被告らが一挙手一投足の労によりこれを受領することが可能となっていたものであって、これにより権利者の権利主張がされ時効の基礎たる事実状態が破られたものと考えることができる。したがって、本件の催告は、遅くとも内容証明郵便の留置期間満了の日である昭和五四年九月三〇日の経過をもって被告会社及び被告中嶋に到達したものと同視し、催告の効果を認めるのが、時効制度の趣旨及び公平の理念に照らし、相当であると解される。
3 再抗弁1(二)の事実は原告と被告会社らとの間で争いがない。
4 そうすると、被告会社らの本件各不法行為による損害賠償債務の消滅時効は、昭和五四年一〇月一日に中断したものと認められる。
よって被告会社らの消滅時効の抗弁は理由がない。
七 よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋隆一 竹内純一 裁判長裁判官岡崎彰夫は転補のため署名押印することができない。裁判官 高橋隆一)
<以下省略>